はじめに

 四半世紀をともにしたつれあいが亡くなりました。つれあいという言い方は、わたしたちふたりが了解して使用した言い方です。妻でもなく夫でもない場合の言い方が日本ではむずかしいです。パートナーであることは確かですが、しっくりした言葉ではありません。
 自立した者同士が一対一の対等な関係をつくろうとして生活を始めました。生活を始めてからは婚姻と同じ気持ちでしたし、周りからもそのようにみられていました。

 つれあいが亡くなったのは2016年11月27日、73歳。そのときわたしは69歳でした。前年の10月に、原発性の肺ガンであり、ステージ4、余命3〜6か月と宣告されました。それから1年を超えて生きたことになります。「よく永らえた」という感じはありますが、ひとり残された寂しさは日増しに募ります。生前に「死」のこと、葬儀のこと、墓のことなどは話していました。そういう話が何の抵抗もなく、話し合える人でした。
 つれあいが亡くなった1週間後には、わたしは西宮市の市民講座での講義が入っていて、そのタイトルは「誰にでもやってくる…人生のしめくくり」でした。
 チラシのリードには「老後、終末期、お葬式、お墓…。必ずやってくることなのに、なかなか向き合えない。ひとまかせにしてないで、ちょっと考えてみませんか? 寺の娘に生まれ育った講師が、自分らしさ、多様性に迫ります」となっていて、わたしの体験したそのままが求められた講座でした。
 わたしは1週間前のつれあいの死については何も触れず、これまで考えてきた問題点とこれから考えたいことを会場の参加者と共有したいと思って話しました。話しながらつねにつれあいのことが思い浮かび、わたしにとってつらい講座でした。
 主催者が予想もしないほどの参加者となり、グループディスカッションは盛り上がり、時間が足りないと文句が出たくらいでした。それだけ人生のしめくくりの問題に関心があり、けっして他人事とは思っていない人が集まったと思います。

 わたしは、参加者のなかに葬儀の主催者か葬儀に参列したことがない人がいるかどうかを尋ねました。そういう人はひとりもいませんでした。年齢の高さをうかがうことができる参加者でした。また、葬儀に参列したり主催して「ほんとうにいいお葬式でした」と思えた人は、パラパラとしかいなかったのに対し、主催して「文句があった人は? 腹が立った人は?」と尋ねると、多くの人が頷きました。その多さに納得しながら、「どこかへその文句をいっていきましたか」と問うたら、みんな頭を横に振ったのです。葬儀が終わってから気づいても、どこへ文句をいっていいかも分からず、グチをこぼすだけになっていることが分かります。実際、文句をいって解決する場はないと思います。
 わたしがおもしろおかしく、「「高い葬儀代を取られた」「お坊さんに戒名料を高く取られた」「高いお布施を取られた」などという不満や文句ではありませんか」と聞いたら、ほとんどの人が笑いながら頷いていました。なかには「そう、そう」と声をあげた人もいました。
 「取られた」という発想になるのは、一般の買い物をしたときにはまずはあり得ません。よほどのことがない限り、自分が納得して支払うからです。なぜ葬儀の場合、こういうことが起こるのでしょうか。
 そして、すでに先祖の墓がある人は、墓があることで安心しています。しかし、自分の代はその墓を管理できますが、次の代は分からないし、子どもたちに負担をかけたくないと多くの人が考えています。また、墓を持っていない人のなかには悩んでいる人がいます。墓はほしいが、高いし、あとのことを考えるとどうすればいいか分からない。一方、墓なんていらないと思うが、では実際にはどうしたらいいかという答えをみつけられないままでいます。墓などいらないと思いながら、最後に残る「遺骨」をどうするかを真剣に考えている人は多くはありません。
 わたしはこうした葬式や墓の問題を不満や文句を残さずにおこなえました。つれあいと生前から話し合っていたことが大きいと思っています。死や死後の問題は生きているときの問題であることを痛感しています。しかし、多くの人は夫婦・親子・きょうだい間などで生きているときに死や死後の話がなかなかできません。そのことができるにはどうしたらいいかがこの本を書く動機のひとつでした。

 そして、わたしの友人が貴重な体験を提供してくれました。話を聞くだけではなく、葬儀代などの見積書まで提供してくれました。自分の体験が多くの人と共有できるなら、また、高齢化社会のなかで、同じ体験をしてほしくないから、ひとごととは思ってほしくないからといって、わたしに原稿を書くように背中を押してくれました。
 わたしの体験をさらけ出すことの恥ずかしさはありますが、参考にしてもらいたいと思います。しかし、この本に書くことがすべてではありませんし、百人いたら百人の考えがありますし、実践があります。
 わたしは、これまでの市民講座で、葬式や墓の問題について何回か問題提起をしてきました。普段から考えていたので、それほどむずかしくはありません。わたしが寺に生まれたことも関係していました。しかし、つれあいを亡くし、一連のことをすべてわたしひとりでやらなければなりませんでした。
 これまで実家の曾祖母や父、恩師や友人などを亡くしましたが、主催者になったことはありませんでした。葬儀社への依頼も初めてでした。葬儀社への連絡は、つれあいが生きているときにしなければならないことと死後にしなければならないことがあります。死後初めてする人もいますが、やはりあわててしまいます。少しでも納得のいくように調べて準備したらいいのですが、自分の思うように事が運びません。それもひとりでしなければなりませんでした。
 多くの人が葬儀社に自分の考えをいえません。「ノー」となかなかいえないことも自分の体験でよく分かりました。
 結論を先にいえば、亡くなる人が自分であっても配偶者であっても家族のだれであっても、生きて元気なときに「死を迎えること」「死のこと」「死後のこと」が具体的に話し合われていないことに気づきました。それらのことがきちんと話し合われていれば、どんな死を迎えても、亡くなった人の気持ちを思い出すことができます。
 ある人は、夫を亡くして「頭が真っ白になって葬式のことをまったく覚えていない」と話してくれました。そのときは幸いにして代わりをしてくれる人がいたから、対応をせずにすますことができたそうです。そういう人がいなければ、どれだけ頭が真っ白になってもその人がしなければなりません。
 さらに突然死の場合は何をどうしていいか分からなくなるでしょう。しかし、葬儀社の人は冷静に事を運んでいきます。それに対応せざるをえません。たとえ子どもを亡くし泣き叫んでいても、そのままで待ってはくれないのが死後の一連の流れです。遺体を火葬場に送り、お骨にするまでは待ったなしなのです。

 わたしはこの一連のことを初めて体験しました。後悔も怒りもありません。終わった後、友人が心配やねぎらいの電話をしてくれましたが、つれあいの死から1週間後の講座や過去のいろいろな講座を思い出し、後悔や怒りを持っている人が少なからずいることを改めて知りました。わたしの例はまれだったようです。
 つれあいの葬儀は直葬(ちょくそう)でした。直葬をおこなう人も少ないので、少なからず驚かれたり、親族のなかには不満に思った人がいるかも知れませんが、つれあいとわたしの一致した考えでおこなったので、直接わたしに文句をいう人はいませんでした。

 人は必ず死にます。その後始末をしなければなりません。それは、残された人に任されます。悔いがないように、また、不満や文句が出ないために、わたしはこのことを書こうと決心しました。
 また、残されたわたしもいつかは必ず死にます。子どもがいないわたしは、死を迎えること、死後のことをだれにどんなふうに頼むのか。死は突然にくるかも知れません。生きて元気なときにしなければならないことがあると思います。それもまた、わたしの問題としてこの本を書く動機となりました。
 そして、わたしはつれあいを亡くした喪失感を埋めるためにパソコンに向かいました。書き続けていくことはつらい面もありましたが、哀しみにジッと耐えているよりましです。
 つれあいの死・死後のわたしと友人の体験がどなたかの参考になれば幸いです。

源 淳子