あとがき

 わたしは2016年11月27日につれあいを亡くしました。そのわたしの体験、そして夫や両親を見送った友人の体験が、少しでもだれかの参考になればという思いで、本書の原稿を書きました。しかし、その思いは実は後につけ加えた、といったほうがあたっています。当初、パソコンに向かったのは、つれあいが亡くなり、その喪失感を埋める思いだけでしたから…。
 死後の事務的な処理をしながら、言葉にいい表すことのできない喪失感に包まれていました。家で何もできないままでした。仕事や用事があれば出かけていましたが、帰りにできあいの食品を買い、家でビールで流し込む生活でした。これは、つれあいの入院中も同じことでしたが、さらにその状況は悪くなっていました。
 12月の暮れになる頃、さすがにこのままではいけないと思い始めました。何をすべきかを思いつくまでにあまり時間はかかりませんでした。
 何人もの友人から葬式にかけた金額や「取られた」という思いを聞いていました。それに対して、わたしの場合は何も思い残すことなく文句なくつれあいの葬儀をすることができました。そのことの違いは大きな問題だと思い、つれあいと生前に、死後のことを話し合っていたことを書きたいと思ったのです。そうすることでつれあいの死にもきちんと向き合えるし、わたしの喪失感を埋めてくれるのではないかと考えたからです。

 それから、家で時間があるときはパソコンに向かっていました。葬式のことを考えたら、戒名の問題も出てきます。また、墓の問題もあります。そして、それらにまつわるさまざまな問題が次から次へ広がっていったのです。わたしがこれまで考えてきたり感じたりしてきた内容です。
 葬式に参列して「天国の〇〇さん」の言葉ひとつをとっても、仏式でおこなっているのにおかしいと思っていました。そういういい方がいつごろからおこなわれたのだろうと疑問に思っていたことを解決したいと思ったのです。また、喪中ハガキを今でも出す人が多くいますが、喪に服しているわけでもないのにどうして多くの人が出しているのだろう、などの疑問や課題をわたしが納得するよう書いてみたいと思うようになりました。
 そこで、わたしだけの体験ではすまないと思い、夫や両親を見送った友人たちに連絡をとり、彼女たちの体験を聞くことにしました。

 つれあいの最後の入院中からよく話していた藤岡有希子さんは、夫を亡くし、家族葬を考えていたのに、葬式、墓、戒名料などを息子さんにまかせたことで、予定以上の支払い金額に腹を立てた人です。
 山野映子さんは宗教を専門とする研究者ですし、きちんとものをいう人です。夫の葬式を家族葬でできたにもかかわらず、夫の親族の介入にいいなりになってしまったのです。墓は自分で考え納得のいく墓をつくりました。そのときに同時に自分の墓も購入しました。
 島桃子さんは両親を直葬で送った人です。関西では珍しいですし、母親のときにはまだ直葬という言葉がありませんでした。ただ、彼女は葬式などの問題に関心がなく、母親のときは父親がおこない、父親のときは長女であるにもかかわらず、妹さんに一任しました。
 3人の友人はわたしの頼みに快く協力してくれ、「見積書」などもみせてくれたのです。友人の例がすべての人にあてはまるわけではありませんが、実際におこなった人の内容がよく分かりますし、考える材料を提供してくれたとほんとうにありがたく思っています。

 そして、わたしが体験したつれあいの死とその後のことを書くことができました。わたしは体験の提供者としてはもっともシンプルですが、何ひとつ不満が残りませんでした。
 多くの人がわたしの話に驚かれます。直葬でお骨を拾っていないからです。お骨が手元にないことは、それ以後の墓の問題などに悩むことがありません。それはつれあいとの話し合いが生前にあり、ふたりが納得していたことですし、わたしの考え方を踏まえたものでもあります。その考えこそ、遺骨をどうするかの問題です。つれあいとわたしの考えは親鸞の思想によるところが大きいと思っています。つれあいの遺骨よりも大切なものがわたしのなかに残っています。
 しかし、この日本では遺骨を拾わないという考え方は、まだまだ一般的ではありません。なぜでしょうか。遺骨を特別なものとして考えてきたからでしょう。特別としてきた遺骨について、もう一度考えてみる必要はないのでしょうか。そのことを本文で検証したつもりです。
 そして、それはまた、墓をどのように考えるかにつながります。現在、墓を不必要と考える人も少なからずいます。しかし、その人たちの答えはみつかっていないと思われます。

 葬式や墓などの死後の問題は、死をどのように捉えるかの問題でもあります。つまり、生きているときの問題です。だれもが死んでいくのですが、自らの死をどう捉えるのか、大切な人の死をどう受け止めていくのかなどの問題です。
 死の問題が長い間タブーでしたが、「終活」の言葉に表されるようにタブーではなくなってきました。しかし、タブーではなくなったにもかかわらず、死・死後の問題を夫婦・親子・きょうだい間などで話し合っている人が少ないことが分かりました。
 元気なときに死・死後の問題をつれあいと話し合ってきたわたしは、この本を通して、死・死後の問題をもう少し具体的に話し合っておいたほうがいいことを提唱したつもりです。
 それは、具体例を提示してくれた友人や講座で体験した人たちの話から、死後に起きる葬儀社とのやりとりで、「ノー」といえない人が多いことが分かったからです。また、親族からの提言を不必要だと思いながら、そのまま受け入れてしまった人もいました。そして、葬儀が終わったあとに、文句や不満を抱いたのです。
 しかし、そのときにはもうどこにもいっていくところがないのです。そのことが次回に活かされるかというと、なかなか活かされません。なぜなら、そんなに早く次回が来るとは限らないからです。そして、次回がきたときには、以前腹が立ったことはすでに過去のこととなり、忘れている場合が多いのです。
 葬儀社や仏具店や僧侶などに支払ったあとに不満や文句を持たないためにはどうしたらいいかを、この本で提示し、参考にしてもらいたいと思います。
 亡くなった人がどう考えていたかを知るのは、やはり生きているときに話し合っておくことだと思います。それも病に倒れ、例えば、余命を告知されてからでは話しにくいものです。突然死なら何も話さなかったことになります。元気なときに死と死後の話をしておくべきだと思います。
 その点、わたしはつれあいとこういう話ができましたし、死や死後の問題はつれあいと生活をともにする以前から考えていたことです。なぜ考えることができたかは、宗教とくに仏教に関心があったからです。わたしが寺に生まれたことは大きな意味を持っていました。しかし、寺に生まれなくても宗教を専門にしなくても関心を持つことはできると思います。

 だれもが死を迎えます。また結局は、ひとりで死んでいくことになります。死とはそのようなものだと分かっている自分の死について向き合うことも提示したつもりです。仏教でいう「独生独死」の問題です。
 わたしに葬儀やお墓のことなどの経験を提供してくれた友人たちは、現在を生き甲斐と使命を持って生きています。尊敬できる友人ばかりです。その友人たちに死・死後の問題をどう考えているかを尋ねたら、意外と「関心がない」ことが分かりました。
 「生」の問題を真剣に考えているのに、「死」を考えていないことが不思議でした。寺に生まれ育ち、宗教を専門にしてきたわたしだからとはいえない思いがしましたが、現実はそのとおりでした。
 団塊の世代の友人が多いのですが、自分の死がいつ訪れるか分かりません。極端にいえば、明日は分からないのが人生です。わたしは自分の死に向き合い、そのことと死後の問題を含めてだれかに伝える必要があると思っているので、その提案もしたつもりです。

 親子・夫婦・友人関係など、生きているときに対等ないい関係をつくるのは、案外むずかしいものです。また、「人はひとりでは生きていけない」ことをひとり暮らしで実感するのに、死後のことをひとに任すのも難題です。いざというときにだれに頼めばいいのでしょう。課題が残ります。

 わたしはこれまでに数冊の本を出版してきました。しかし、今回の原稿はこれまで書いてきたものとまったく違いました。一気に書き上げることができました。自宅で時間があるときはパソコンに向かい、食べることも忘れていたことがたびたびでした。ただただつれあいの死の喪失感を紛らすためでした。そして、書くことがあったから、これからひとりで生きる覚悟も持てたと思います。原稿を書きながら思っていたのは、「ひとりで生きていくのだ」ということでした。
 しかし、友人の助けがなかったら、わたしはとうていつれあいの発病から現在まで生活していくことはできなかったと思っています。原稿の後押しをしてくれた友人のほかに、しんどさを聞いてもらったり、猫の世話をしてもらうなど、いろいろな面で友人の助けがあったおかげだと感謝しています。
 その友人たちに本名で登場してもらうのは気が引けましたので、仮名とすることを伝え、その名を自分で考えてほしいと伝えました。多くの友人が考えた結果だろうと思いますが、旧姓を名乗ったことに驚きました。わたしたちの世代は結婚に際して夫の姓に変えることをあたりまえにした時代だったのです。これからもその友人たちとの関係を大切にしていきたいと心から願っています。

 この度の出版に関しては、あけび書房代表の久保則之さんにはたいへんお世話になりました。あけび書房から本を出している友人が、あけび書房に声をかけてくれたのが始まりでした。久保さんがテーマに関心を持ってくださり、温かい励ましと厳しいコメントのおかげで、できあがりがよくなったと確信しています。久保さんとわたしの誕生日はほんの数日しか離れていません。そのことも含めて、以前から知り合いだったかのように会話がはずみ、楽しい本づくりができたこともうれしいことでした。感謝を申し上げます。
 これまでに出版してきた本へのコメント役はつれあいでした。今回はその役を久保さんがみごとに果たしてくださいました。つれあいの一周忌にも大奮闘で間に合わせてくださいました。ほんとうに感謝の気持ちで一杯です。

2017年10月30日

源 淳子