まえがき

 

 今年も1年、死なないようにしよう。
 いつからか、新年にそんな「低レベルな目標」を掲げるようになっていた。
 そうしたら、ふと肩の力が抜けて、少し、生きやすくなっていた。
 それが30代から始めた私の「生きるコツ」だ。
 別に「何か」を成し遂げなくてもいい。「成長」しなくてもいいし、向上心とかとも無縁でいい。そんなふうに自分への期待値を極限まで下げてみると、これまでと少し、違う景色が見えてきた。

 20代の頃、周りで何人もの人が自ら命を絶った。
 30代になっても、やはり周りで自ら命を絶つ人がいた。同時に、多くの人々の生活に「格差」や「貧困」が暗い影を落とし始めた。
 どうやったら幸せになれるのか、皆目(かいもく)その方法がわからない。同時に、どうしたら最低限、餓死したり行き倒れにならないのか、その方法すら闇の中。そんな先行き不透明な世界が、今、私たちが生きている社会なのだと思う。この本は、そんな中で少しでも生きやすくなる作法を書いたつもりだ。

 思えば、ずーっと生きづらさを抱えてきた。
 10代の頃からリストカットを繰り返し、20代前半のフリーター時代にはより生きづらさをこじらせ、20代半ばで物書きとなってからは「書く」ことで少し折り合いがつけられるようになったものの、中学時代のいじめられを発端とする人間不信は収まる気配などなく、今もどこかで「自分などは楽しんではいけないのだ」「自分には普通に生きる資格などない」という思いを引きずっている。
 そんな私がなんとか生き延びてきたのは、「同じ生きづらさを抱える人々」の存在だ。周りには、アルコール依存症や対人恐怖、ひきこもりや摂食障害など様々な経歴を誇る猛者(もさ)たちがいる。中には、「子どもの頃、頭が悪すぎて親に山に捨てられた」という者もいる。もはや生きづらさエキスパートといった赴(おもむ)きだ。
 少し前、そんな生きづらい友人たちの会話を聞いていて、衝撃を受けた。
「自分は○○大学卒」「オレなんか○○大卒」
 彼らはそう自慢し合っていて、私はふと、違和感を覚(おぼ)えた。
「あれ? この人たち、こんなに高学歴だったっけ? 大卒どころか、不登校で学歴的には中卒じゃなかったっけ? っていうか、生きづらさを抱える人たちって、『学歴が高い方がいい』とか世間の物差しに囚(とら)われることでこじらせてきたんだから、学歴自慢なんて危険なのに…」
 不審に思いながら聞いていると、彼らが自慢し合っていたのは「卒業大学」ではなく、「自分が入院した大学病院」についての話だった。
「オレなんか○○大の精神科!」「こっちは○○大で閉鎖病棟まで行ったから!」「すごい! 超エリート!」
 嬉(うれ)しそうに自慢し合っている彼らの姿を見て、私は感動を抑えられなかった。
 この人たちは、学歴社会という言葉の意味すら瓦解(がかい)させている。しかも、世間的にはネガティブに捉(とら)えられがちな「入院歴が長く、より長期間、閉鎖病棟に入っていた方」が「尊敬」されているのだ。
 このように、「世間と逆の価値観」を持つ場所を、私はとても大切にしている。
  なぜなら、今の世の中、「とにかく役に立ち、生産性が高くより多くの利益を生み出す人間のみに価値があるのだ」ということになっているからだ。自分が元気だったり、うまくいっている時はいいのかもしれない。だけどちょっと疲れてきたり何かにつまずいたりした時、そんな価値観は突如、暴力的なものとなる。

 そんなようなことを、ホームレスの方々の自立を応援する雑誌『THE BIG ISSUE(ビッグイシュー日本版)』で、9年間にわたって書き続けてきた。連載タイトルは「世界の当事者になる」。本書はその211回に及ぶ連載から98篇を厳選し、まとめたものだ。
 連載が始まったのは2006年。今から10年前である。そうして連載開始から5年後の2011年、東日本大震災が発生。原発が爆発し、この国はレベル7の原発事故の当事国となってしまった。
 多くの命が失われた。そうして、気づいた。「今年も1年死なない」ということが、どれほどの奇跡の上に成り立っていることなのか。時につまらなくて退屈な日常が続いているということが、どれほどすごいことなのか。
 震災から4年後、保育士さんたちを対象に講演会をした時のことだ。
 役に立たなくても、生産性がなくても、「生きること」は無条件に肯定されるべきでは、という話をしたあと、講演を聞いてくれた仙台の保育士さんは、泣きながら言った。
「たった4年前の震災の時、私たちは『ただ生きていればいい』と心から思ったのに、いつの間にどうしてこんなに欲張りになってしまったのか。どうして子どもたちに多くのものを求めるようになってしまったのか」
 その言葉に、多くの人が貰(もら)い泣きした。
 あの時、私たちは「ただ生きてること」に、心から感謝した。そして大切な人が生きていてくれることに、素直に「ありがとう」と言えた。その気持ちを、忘れてはいないだろうか。

 読み返してみると、この本は、この10年間の日本社会の変容も描いている。
 3・11前と、3・11後。一人ひとりが「あなたにとって大切なものはなんですか」と幾度も問われた大災害。あの日から、何が変わり、何が変わらなかったのか。そして、この国はどう変わり、どう変わらなかったのか。

 同時に本書は、31歳から40歳までの私の心の軌跡でもある。
 深夜、一人でパソコンに向かうたび、誰かに手紙を書くようにして言葉を紡(つむ)いできた。
 そして時に、それは自己カウンセリングのような作用ももたらし、思わぬ悩みに答えが出たこともあれば、それまで気づかなかった自分の本心に出会うこともあった。
 この本が、あなたに寄り添う一冊になれれば、あなたの味方になれれば、これほど嬉しいことはない。
 どうぞ、最後までおつきあいください。