まえがき

 いまの日本では奨学金を利用して大学などに通うことが普通になっています。

個人で負担する教育にかかる費用が、世界の国々に比べ日本は高額で、さらに年々その額が高くなり、それにもかかわらず世帯の収入が減少していますから、奨学金利用者が急増しているのです。

 日本での奨学金はほとんどの場合、借金です。あとで返さなければなりません。
  奨学金利用者が増え続ける一方で、学校卒業者の就職状況は悪化しています。そのため奨学金を返していけるだけの収入を得られず、奨学金の返済が困難になる人も急増しています。
  奨学金を返せない人が増えたのは、このような社会情勢の変化、日本政府の貧困な教育予算が大きな原因です。
  延滞者の増加に対し、学生の将来を考えた奨学金制度の見直しや返済方法の改善はなかなか進みません。それどころか、民間手法の利用による回収の強化がなされています。

 消費者金融やクレジット会社の取り立てをしている債権回収会社に取り立ての委託もなされています。高校における奨学金の取り立てに債権回収会社を利用している自治体もあります。

 しかし、返せないものは返せないのです。返したくとも収入がないのですから。奨学金問題は、いまや放置できない社会問題になっています。

 この本は奨学金問題、奨学金返済問題を取り上げた本です。しかし、奨学金は教育にかかる費用をどうするかという問題の一部に過ぎません。

 日本は、大学の授業料が高いうえに、国の給付奨学金制度がないという、先進国と呼ばれる国の中では特異な制度を取っている国になっています。
 日本では、教育費は親や自分が負担するのが当たり前と思いがちです。

 しかし、外国では当たり前ではありません。日本のように、高額の教育費を個人に負担させることが果たして正しいのでしょうか。


 日本国憲法は26条で教育を受ける権利を定めています。これはその性質から子どもの学習権を保障したものと解されています。

 しかし、その学習権は「自分で金銭的な負担をするなら学べるよ」という権利なのでしょうか。憲法26条は、経済的な理由を問わずに学べることを保障したものではないのでしょうか。親の経済力によって、子どもの教育を受ける権利が左右されていいのでしょうか。

 「貧困の連鎖」と言いますが、親の貧富の格差が子どもにそのまま引き継がれていいのでしょうか。
  日本も批准している国際人権規約の社会権規約においても、高等教育(日本における大学に相当します)は無償教育の漸進的な導入によって、すべての人に均等な機会が与えられるものとされています。

 多くの人が、社会に出る段階で多額の借金を抱え、さらに返せずに苦しんでいます。とんでもないことです。

 多くの人の明るい未来、ひいては日本の未来のために、この奨学金問題、そして、それを通して教育を受ける権利を考え合えればと願っています。
 本書が「誰もが安心して教育を受けることのできる社会」への一助になれば幸いです。

2013年9月  奨学金問題対策全国会議 共同代表 弁護士・伊東達也