はじめに 
 

 いま、社会保障と大震災復興のための財源論争が盛んになされています。この財源論争の特徴は、国民のために何をするかに視点をあてた政策論争ではなく、ひたすら財源をどう集めるかが重点となっています。
「国民の生活第一」の視点からすれば、国民のための税金の使途は、社会保障充実と大震災復興ですが、具体的な政策ははっきり示されず、国民が納得するまでになっていません。一方、「社会保障と税の一体改革はどの政権も避けて通れない。…苦しいが国民に説明する政治を行うのが政権与党の役割だ。来年(2012年)の通常国会に増税法案を出すことになっている」と野田首相が消費税増税を明言しているように、それらの財源が基本的には消費税増税であることははっきりしています。
  しかし、増税に対しては国民の反対が強く、党内外からもいま増税をすれば景気の悪化を招くとの反対論が出ており、当面は「消費税増税隠し」をして、パッチワーク的に消費税抜きの増減税で数字合わせをした財政収支案を次々と出してきています。まさに当座取り繕いの運営です。

 2011年9月28日付の日本経済新聞では、「経団連は民主党が野党だった2007年ごろから『ほとんど経団連と考え方が同じ』(関係者)野田氏に目をつけ、主だった副会長らと引き合わせてきた。米倉氏(経団連現会長)はその1人だった。米倉氏は成長戦略のカギを握る古川元久国家戦略相とも、スイスで開かれる世界経済フォーラムの年次総会への参加を通じ、旧知の中だ。…復興財源を巡る法人税の扱いでは、経団連が提言した5%減税の3年圧縮案が政府税制調査会の案に盛り込まれるなど『“野田効果”で連携できるようになってきた』(経団連幹部)」と、経団連が野田氏に長期にわたって接触していたことが紹介されています。
  経団連は2011年9月10日に発表した「経団連成長戦略2011」で、「徹底した社会保障給付の効率化・重点化と消費税を含む税制抜本改革の一体的な実現が必要」と社会保障削減と消費税増税をはっきりと打ち出しており、また「消費税率については、2015年度までに10%まで、段階的に引き上げることを明確にすべきである」「2020年代半ばまでに税率を10%台後半に引き上げなければならない」と要求しています。
  そして、法人税では「成長を犠牲にしないよう、法人実効税率の大幅引き下げを速やかに実現すべきだ」と迫り、現在40%の法人実効税率を25%まで引き下げるよう要求する身勝手な態度を示しています。
  野田政権はこれに応え、財界トップを加えた小泉内閣時の経済財政諮問会議をモデルにした「国家戦略会議」の原案を9月27日に決定し、10月中に大枠を決定する方針です。

 日本国憲法は、すべての国の収入を国民の福祉のために使うことを本旨としています。民主党が「マニフェスト」で「国民の生活第一」との公約を掲げ選挙をたたかいながら、その後、菅前首相が「マニフェスト見直し論」を主張したことに対し、野党が「おれおれ詐欺は高齢者を騙すが、民主党はやるやる詐欺で国民を欺いた」と批判したのは当然です。社会保障の中身を具体的に国民に示さず、国民の納得を得ないまま「消費税増税」を決めようとするのはまさに国民への欺瞞と言えます。
  国債の累積残高が巨額になったことを基にした財政危機説を政府・財界は宣伝し、そのために庶民増税を主張し、同時に成長戦略のための法人税減税を当然として要求しています。しかし、なぜ景気が悪化し、財政危機になったのかの原因をあいまいにしたままで、そのツケを庶民に押しつけようとする姿勢はとんでもないことです。
  景気悪化、財政危機の責任は政府・財界にあることは明らかです。景気悪化、財政危機の要因は、1つは「分配の不平等」であり、もう1つは「再分配の不公平」です。そのいずれもが大企業を中心とする労働分配率の低下と下請け事業者への単価切り下げによるものであり、大企業、大資産家、高額所得者への大減税が元凶です。消費税導入前の税体系に戻せば不況は回避され、国債残高の累積は心配することなく解消します。

 ところで、民主党の総選挙における「公約」では、「反構造改革」「チェンジ」「国民の生活第一」がメーンスローガンでした。国民はそれに期待し政権を任せたのですが、その後の政策を見ると自民党の政策を踏襲したものが多く、「自民党への回帰」「本家帰り」と評されています。民主党の「成長戦略」にせよ、「社会保障と税の一体改革」にせよ、自民党時代に政策を作った人が民主党の政策作りにそのまま加わって作られており、本家・分家の親密な関係を示しています。まさに政策策定過程での実質的な「大連立」がすでに出来上がっています。

 消費税導入の歴史を少し振り返ってみたいと思います。そうすると、そもそも政府が国民に消費税導入の理由をもっともらしく説明していたことが、ウソであったことが明らかになります。その例を紹介しましょう。政府の今の消費税増税論にもあてはまるものです。
  消費税導入に執念を燃やしていた大平元首相は、消費税導入を選挙の争点にしたことで、1979(昭和54)年の衆議院選で大敗したとき、首相官邸に向かう車の中で、「この消費税という体系は、今後の高齢化社会で福祉対象の財源として考えているのだが、実は、借金返しのために大蔵省が利用しようとしていることを国民に見抜かれたのかも知れんな」と独り言のように、同乗の加藤紘一副官房長官(当時)に話したことが『劇場政治の誤算』(加藤紘一著、角川書店)で紹介されています。
  もう一つは、元政府税制調査会会長の加藤寛氏が、週刊誌で「(消費税導入時は)高齢化社会のためといわれ、我々税調もそう説明したが、本当はああいえば一般の人に分かりやすいから」とホンネを語っています。
  原発問題では、電力会社だけでなく、原子力保安院や原発関連自治体などによる原発誘導の「やらせ」の事実が相次いで暴露されています。権力と金を動員して国民を洗脳しようとしていたことが明らかになりました。これまでは秘密裏のベールに覆われていた事実が明かされるということは国民の知る権利を守るという点からしても、物事を正しく見極めるという点からしてもきわめて大切なことです。国民にはわかりづらいベールで隠されている税財制の分野でも、現役官僚が実態を指摘したり、政策運営の功罪情報を明らかにしている動きには大いに期待したいところです。

 私がこの本を書くに到った契機は、中低所得者への増税と消費税増税の一方で、高所得者・資産家への減税と法人税減税とに二極化していること、「消費税の逆進性は小さい。日本の法人税は国際的に見て高い」など財界の自己中心的で客観性のない言い分がまかり通っていること、政府が政策を立てる直前に財界が「提言」を必ず行い、両者の答えは同じというパターンが長年続いていること、などの事実と元凶を今一度精密に検証したいと考えたことに始まりました。
  財源にしても、民主党の「仕分け」には私は強い関心を持ち、その成り行きを見ていました。しかしそれは「大山鳴動鼠一匹」の譬えの如く、成果は期待するほどではありませんでした。予算の見直しでは不要不急の経費をえぐれず仕舞いです。「隠れた補助金」といわれる租税特別措置は廃止するとの触れ込みで臨んだにしてはほとんど成果が上がらないという惨憺たる結果に終わりました。どうしてそのようなことになるのか、本書で究明したいと考えました。

 いま、税制改革が喫緊の課題となっています。政府・財界、そして自民党・公明党は消費税増税をメーンに据えながら庶民増税の道をもっぱら突き進もうとしています。税制改革で求められていることはそのような庶民増税ではありません。「OECDの中で最も不公平な税制」(OECD発表)とまで言われている日本の税制度を根本的に改革することです。それが真の税制改革です。不公平税制をただせば消費税ゼロで大丈夫との試算も本書で明らかにしました。
  日本を活性化するためには、内需主導の経済政策を基本にして、底辺にいる国民の生活を底上げし、民間消費支出を増やすことを第一義的に政策化することです。それはナショナルミニマムの確立、「分配の不平等」の改革、「再分配の不公平」の改革をしない限り、無理です。財源は「ない」のではなく、「取るべきところから取ろうとしない」ことが問題なのです。法人税は消費税導入当時と比べ半分程度になっており、逆に中低所得階層の社会保障負担は大幅に高くなっています。弱いところに負担を求めるのではなく、蓄積のあるところ、負担能力のあるところに負担を求める構造に根本的に改革する必要があります。

 この本は財源問題を中心に書きました。社会保障のあり方と財源との関連、国際比較とを併せて考えるためには、私の前著『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』(2009年、あけび書房)と一緒にお読みいただければ、理解を深めていただけることと思います。本書が「OECDの中で最も不公平な税制」を改革する参考になれば本望とするところです。

                 2011年10月2日     富山 泰一