エピローグ

 2008(平成20)年1月28日。
 ついに青葉通りのケヤキに伐採の手が伸びた。
 多くの美仙会のメンバーたちが見つめるなか、50年もの間、仙台市を見守り続けたケヤキの巨木は、仙台市の手によって切り倒された。一本の伐採を皮切りに、あっという間に数十本のケヤキが切り倒された。
 伐採と同時に移植も始まった。そして、あっという間に青葉通りから44本のケヤキが消えた。蒼々と生い茂ったケヤキ並木は、すっかり様相を変え、荒廃した姿へと変貌してしまった。かつてケヤキがあった場所では、地下鉄工事が本格的に始められた。
 オンブズマンは、第二審での敗訴の後、すぐさま最高裁に控訴した。しかし、2008年3月11日、最高裁判所の那須弘平裁判長は、オンブズマンの訴えを棄却した。最高裁もまた、「1日あたり11万9000人の乗客」という仙台市側の主張を「不合理な点はない」と判断したのである。これにより、仙台市の勝訴が確定した。


 美仙会は、法律で地下鉄東西線建設を止める術を失った。44本のケヤキが失われ、ものすごい勢いで建設計画が進む。仙台市は、赤字財政へ向かって猛スピードで突き進んでいるのだ。
 だが、美仙会のメンバーたちの表情は常に明るい。むろん、彼らはケヤキが伐採されたときには涙を流し、控訴が棄却されたときには怒り狂った。しかし、落ち込んでばかりはいられないのだ。法律が万能ではないなら、市民が力を発揮せねばならない。
 44本のケヤキは失われた。しかし、当初の計画は「77本の伐採」だった。彼らは33本ものケヤキを守ったのである。
 そして、撤去された44本のうち移植の対象となった17本のケヤキは、7本が西公園に、9本が青葉山に、1本が仙台市東部の海岸公園冒険広場に移された。移植されたケヤキは今のところ健全のようである。
 

 地下鉄東西線は建設費だけが問題では決してない。地下鉄東西線が開業してしまうと、市民の負担はさらに増え続けていくのだ。
 仙台市が主張する需要予測、11万9000人。これが実現すれば、開業後の収入は毎年90億円となる。だが、第4回パーソントリップ調査が明らかにした4万人という需要予測では、毎年の収入は30億円前後にしかならない。東西線の運行経費が60億円である以上、市民は年間30億円の赤字を負担し続けねばならないのだ。市民には建設費の債務の他に、この30億円の負担がのしかかるのである。
 美仙会は、地下鉄東西線の開業後の状況を、確実な裏付けの下に明らかにした。その結論はこうである。
「地下鉄東西線建設計画を止めるべきだ」
 ケヤキ並木が失われ、着工が進み、街は破壊の一途をたどる。だが、今この計画を止めれば、将来の負担は抑えられるのだ。すでにわれわれは取り返しのつかぬほどの負担を抱えてしまったが、それでもなお、迫り来る最悪の未来を止めるべく努力する必要があるのではないだろうか。

 美仙会の活動は、まだ終わらない。彼らは、この計画を止めるべく、すべてを見届けなくてはならない。
  いつの日か、真実が明らかになる時がやってくる。真実の姿は、仙台市が喧伝するものとなるのであろうか。それとも、美仙会が指摘し続けてきた姿となるのであろうか。
 美仙会のメンバーたちは、自分たちの指摘こそが正しいと堅く信じている。彼らには、信じるだけの根拠があるのだ。
 そして、すべてが明らかになったとき、果たして仙台市は過ちを認め、責任を取るであろうか。「予想できませんでした」とは言わせない。なぜなら、市民たちはずっと以前から、仙台市の暴挙を予想し、指摘していたからだ。

 地下鉄東西線建設計画がこのまま続行されると、すべての市民に多大な負担がのしかかるであろう。仙台市政に携わる者、計画を遂行した者、計画の無謀さを指摘した市民、推進派の市民、無関心を続けていた市民……。まだ遅くはない。私たちはともに、正しい道を選択し、今からでも計画を見直す「義務」があるのではないだろうか。
  市民のための、豊かな仙台を創るために。
  市民のための、美しい仙台を創るために……。