あとがき

 本書は、ケヤキが伐採され、最高裁への上告が認められなかった時点で終わっている。だが当然ながら、仙台市地下鉄東西線建設は様々な問題を孕みながらも進行中である。
 現在、仙台市では各所で終日、地下鉄工事が進められている。市の中心部、とりわけ青葉通りの藤崎百貨店前、南町通りの仙台駅前では、車線規制が強化され、歩行者の通行もままならない。ケヤキが撤去されたあとの青葉通りは、対面のビルの姿が直接見えるようになり、「杜の都」という呼称が嘘のような、無個性のビル街になってしまった。
 私たちの救いの一つは、当初撤去を予定されていた77本のケヤキのうち、33本を移植・伐採の手から守り、青葉通りに残せたことである。残念ながら、44本は青葉通りから撤去され、うち17本は各所に移植された。根回しをせずに短時間で移植されたケヤキが今後どうなるかはわからないが、せめてこのまま健やかに育ってくれることを切に願う。

 本書を執筆中の2010(平成22)年4月4日、地下鉄東西線建設の責任者である藤井黎元市長が逝去された。また、ともに計画を推進した一人である元商工会議所会頭の村松巖氏も同年3月11日に亡くなられた。故人のご冥福を祈るとともに、地下鉄東西線事業が残された私たちの課題であるということを改めて実感する。
 作中では、仙台市地下鉄東西線が大赤字を抱えるという予測を、客観的なデータとともに示している。もし地下鉄東西線計画がこのまま進行するのであれば、私たちの予想の方が間違っていることを祈るしかない。願わくは、関係者には東西線建設計画をもう一度見直し、我々が愛する仙台を、より美しい街にするために努力していただきたい。もちろん私たち市民も協力を惜しむつもりはない。

 さて、読了された方はお分かりかと思うが、筆者は「青葉通ケヤキ音楽祭」を企画したakimalu***のギタリストとして作中に登場している。ただの音楽好きの学生に過ぎなかった私は、ふとしたことから「美しい仙台を創る会」と知り合い、青葉通りのケヤキ並木を守る活動に足を踏み入れていった。イベント企画、署名活動、メディアの取材……今思うと実に非日常的な体験の連続だった。
 ケヤキが伐採された後、私は何となく自分の得難い体験の記録を書き連ねていた。それが偶然にも美仙会の知るところとなり、勢いで「どうせなら美仙会の全体の活動記録集を作ってしまおう」ということになってしまった。以来、美仙会メンバーは当方の取材に快く応じてくれ、貴重な資料や体験談をご提供くださった。終わってみると、この記録集は一冊の本として完成していた。
 まともな執筆活動など初めての人間がここまでやれたのも、つねに私を支え、叱咤激励してくれた方々のおかげに他ならない。ともに闘い、喜び、涙した「美しい仙台を創る会」の仲間たちに、今一度謝意を伝えたい。
 最後に、実に丁寧に本書制作を進行してくださるなど、あけび書房の久保則之代表はじめ、スタッフの皆様には多大なお世話をおかけした。深く御礼申し上げる。

             2010(平成22)年8月  高橋 梓