あとがき

「受容と共感の姿勢」という表現について、「聴く姿勢ばかりでは、こちらの主張ができなくなる」「相手に負けたような気になる」と勘違いをなさる方は少なくありません。「個」というものが尊重され、それをなにより大切にする現代においては、自分の考えや自分らしさ、そして自分のこだわりを重んじるひとが大多数ですから、「受容」や「聴く」という語彙に抵抗感を覚えるひとも少なくないでしょう。しかし、露木先生ほど、聴く以上に自己主張をされた方はいないのです。露木先生の発言と実践でおわかりのように、「聴くこと=受容と共感」は、相手の意のままに迎合することでも一方的に聴いているだけにとどまることでもありません。
  露木先生は聴くことと同じくらいに人一倍自己主張をなさいましたし、受容することと同じくらいに自らのこだわりをお持ちだったのはまぎれもない事実です。でも、常に「受容と共感の姿勢」が貫かれていたからこそ、考え方を異にするひととも、お互いが納得できる方向を探れたし、「露木先生ならしょうがない」と、相手が譲る気持ちも出てくるのです。
「聴くこと=受容と共感」は弱々しいものなどではなく、「一歩引いてから踏み出す」とか「風に吹かれる柳のごとき身のこなし」という武術の奥義のように、また柔らかさと固さの二層構造を持つといわれる日本刀のように、とても「しなやかだが、強靭で腰が強い」ものなのです。
  そして、露木先生の「共感的理解」を伴った教えは、怒鳴られる指導より、叱られる指導より、ある意味で「怖い」ものです。そして「効く」のです。この「怖い」という感覚は恐怖ではなく、畏怖の念に近いものでしょう。
  改めて「叱る」という行為を考えてみるなら、それは自らの全人格をもって他者にぶつかり、ゆさぶり、相手の内面を揺り動かし変えていくことだと思います。言うなれば、自己の強固な価値観をもって相手を変えていく、同化させていく、そして支えていく行為でしょう。この効果は皆さんも知るところでしょうが、自己の価値観が揺らいでいたり、やりかたを間違えたりすると、威圧的・恫喝的な印象を相手に与えるだけの効果となり、「コイツは怖いから今回はやめるか。うるさいから目につかない場所でやるか」となる可能性も捨て切れません。
  ですから、ひとを怒れるひとは才能がなければつとまりません。腕力でも、気迫でも、理念でも、信念でも、自己規範でも、とても高いものを求められます。私は「学校の先生」が怖さを失い、同時に尊敬と権威も失ったひとつの原因はここにあるのではないか、とさえ思っています。
  対し、「聴かれる=共感される」ことは、自分が尊重され大事にされることです。自分ですら大事にしていない「自分」を他者が大切にしてくれる経験をするのです。「曲がった現在の自分」だけではなく、将来の「素敵に成長した、成長する可能性を秘めた自分・可能性ある自分・理想の自分」をも尊重してもらう経験です。だから、共感してくれたひとを裏切れなくなるのです。自分に共感してくれたひとを裏切ることは、自分自身を裏切ることになるからです。そればかりか、自分の将来も裏切ることになるでしょう。ひとは誰でも、根本的な部分では自分が大事であるがゆえに、自分で変わっていくのかもしれません。
「叱られて変わる」ことと「聴かれて=共感されて、変わる」ことの差異は、「外から変わるか」と「中から変わるか」の差異にあります。「叱る」ことが薬を飲む対処療法なら、「聴かれる=共感する」ことは体質そのものを変える根本治療といえるでしょう。一度内面から変わると、それは永く持続されていくことを、私は自らの身を持って実感する毎日です。
  また、「受容と共感」の姿勢における、「聴くこと」をするための自己規範の確立と、「聴かれること」による思考と発言と行動の自己確認というものは、「道徳心」にもつながっていくと感じます。
  道徳が軽視され、道徳を教える力も教わる意識も希薄になってしまい、「良い事って何だ? それをして誰が評価するんだ? 何の得があるんだ?」という風潮が蔓延しているのが現代です。
  そういった流れこそが「文明の進歩」と見る向きもありますが、自分勝手な者や強い者が勝ち、それが正義と認識される社会は動物社会と何ら変わらないことを考えるならば、それは「人類の進化」にはつながっていないのかもしれません。
  幸いにも福祉には「幸福・平等・共生・自由・自立・自律・正義・相互援助・自己実現の促進・余裕」という素地と、「必ず自分は、そしてひとは老いて死ぬからこそ、そうなった時にどうされることが幸福なのか」という当事者意識を芽生えさせる真理を持っています。それが、「他者への尊重が自らの尊重につながっている」ことへの自覚につながっていきます。ようするに、「良い事って何だ?」の答えがそこに存在するのです。だから、文化なのだし、文化としての価値があるのです。
  露木先生の理念には、こうしたことも含まれているのではないかと考えます。それに少なくとも叱るための高い能力がなくても、「聴く」ということは誰にでもできることでしょう。
  露木先生は私に「聴くこと=受容と共感」を充分にしてくださいました。それがあったからこそ、私が属していた問題の少なくない福祉の職場でもやってこられたのでしょうし、福祉教育者を目指そうとも思ったのです。今の私は「ひとは、一生に一度でも、他者から尊重され、信頼され、共感されると、それだけを支えにして残りの人生をなんとか生きていけるのではないか」とさえ思うほどです。露木先生が天国へと旅立たれ、いまだその喪失感と共に日々を過ごしながらも、今でも露木先生に両手で支えられていることを実感しますし、それはこれからも変わりなく続いていくと確信しています。
  しかし、それは「先生に甘えることができた」とか、「先生が守ってくれた」ということとはまったく違ったものでした。受容と共感をされればされるほど、「こんなにも自分を理解し尊重してもらったのだから、しっかりしなきゃいけない」という、ある種のプレッシャーに近いものを感じるようになります。にもかかわらず、不思議なことに、それが確かに自立と成長を呼び、前進の力になっていくのです。そして、それは先生が亡くなった今も私に「ひびきつづけて」いるのです。受容と共感の力とはそういうものです。
  ひとの苦悩も争いごとも人類が地球に現れた頃とあまり変わり映えせず、なくなりもしないことを考えれば、本書の内容を実現不能な「絵空事」や「きれいごと」と評するひとがいるであろうことも理解しています。しかし、どんな取り組みも「夢」や「理想」という「きれいごと」からはじまるなら、きれいごとは悪いことではないとも思います。第一、「ひとが幸せになるきれいごと」など、現代社会では誰も言ってくれる機会などないのが現実でしょう。少なくとも私は、露木先生の「美しい理念」の中にしか、福祉に夢を持てなかったし、希望を持てませんでした。
  また、私は露木先生のことを「パイオニア」であると信じていますが、このままでは、日本の福祉潮流や社会風潮にひとりで立ち向かった、愚かな「ドン・キホーテ」になってしまう可能性もあるかもしれません。さしずめ私は(体型的にも)従者サンチョ・パンサといった役回りでしょうか。
  文化ある福祉が、「社会の新しいパラダイム」になり得るか、「国民は“小さい政府”を求めており、福祉というものは、すでに社会福祉基礎構造改革によってまったく変化したことは周知の事実である。その福祉にいまさら何を求めるのか」「芦花ホームの実践は、福祉が選別主義で措置制度だった“バラ色の時代”あたりの頃における思い出ばなしだ」となるかは、ひとりひとりの選択と「ひびきあい」にゆだねられていると感じます。
  自分の主観と合致していようと、権威ある人の言葉だろうと、それがたとえ如来であっても安易に正しいと信じてはならないと、仏陀は教えたそうです。また、自ら確かめることなく受け容れることを「盲信」といい、自ら体得して、本当の確証を得て信じることを「正信」というそうです。
  私は、(結果的にではありますが)露木先生と距離のある位置に身を置いて、露木先生の教えをひとりで体得していく道を歩んだことにより、かえって「聴くこと」についての「正信」を得られた気がしています。それは、ようするに「私にもできたのだから、だれでも体得できる」ということの証明でもあるのです。
  露木先生の発言と実践に触れ、私のように「露木先生の理念には不朽の価値がある」と感じてくださり、「聴くこと」の世界に足を踏み入れようとする方々が「正信」を得られることを願います。そして「聴くこと」を多くのひとが実践することで福祉はいっそう社会の文化としての深みと広がりを持つことが可能であり、それが「みんなの幸せ」につながっていく、と信じて筆を置きたいと思います。

 末尾になりましたが、多くの方々のご協力でこの本を創り上げることができたことに感謝したいと思います。
  芦花ホーム家族会「ドリーム」元会長である志賀建吉氏には当時のエピソードを聞かせていただいたり、写真を貸していただいたり、多大なるご協力を賜りました。また、露木先生のご息女である露木千秋さんにも先生のお話をたくさん聞かせていただき、資料や写真をお借りしました。
  大学院において、城西国際大学の原ひろ子客員教授と、放送大学の宮本みち子教授に、福祉における文化に対する考察の道筋を的確にご助言いただいたことが、この本で大きく役立ったことにも改めて感謝いたします。
  そしてなにより、あけび書房の久保則之氏のご助言とご協力があったからこそ、この本は世に出ることができました。同じく、あけび書房の清水まゆみさんにも大変お世話になりました。
  当初この本は、先生が亡くなってすぐに出版しようと思っていましたが、何度も原稿や構成を変更したあげく事情により計画と進行が頓挫するという状況に陥った経緯がありました。その後、困窮する私に手を差し伸べてくださり、多大なる助言と惜しみない協力をしてくださったのが、あけび書房のおふたりだったのです。この本の完成が露木先生の三回忌にあたる本年の、それもご命日である7月4日になったことは驚きと喜びに満ちた偶然であると同時に、計画頓挫という残念な出来事が素晴らしい方々との新たな出会いを生んでくれたことを考えると、「マイナスはプラスの転換点」という露木先生の教えも鮮やかによみがえりました。いや、本当に先生の見えない助力があったのかもしれませんし、亡くなってもなお受容と共感をしてくださっていると思わずにはいられないほどです。
  また、本の完成を見守り、支え、そして待ち続けてくれた私の家族にも大変感謝しています。他にも多くの方々に感謝したいと思います。皆さん本当にありがとうございました。

     2007年7月      茂木 高利